8月末に、母は肺炎になり、一時は危篤状態にもなりましたが、強い生命力で持ち直し、4,5日は口から食事も出来ました。
流石お母さん!と思ったのですが、肺炎は治りきらず、その後もよくない状態でした。
痰がらみもあって、呼吸も苦しそうで、大きな酸素マスクも痛々しくみえますが、一日でも、一時間でも長く生きよう、という「生」への頑張りを感じます。
10月24日の朝、看護士さんから、「お母さんの脈がふれないので、もしかしたら・・・・」と言われ、内心、覚悟をして、その日は病院に泊まることにしました。
午後になって、母の脈は落ち着いてきたようなので、暫く泊まるようになるので私の薬をとりに家にもどりました。
急いで病院に戻り、エレベーターを降りると看護士さんが待っていて「お母さんが・・・・早く、早く!」と手を引かれて母の病室へ入ると、母のベットを囲むように、何人もの人がいます。
今まで「危篤です」と何度も言われた母でしたが、そのつど持ち直していたので、私の中では、この日に母が逝くとは思っていませんでした。
母が逝くための覚悟をする時間を2か月も、もらっていたのに〜いざ母が逝くとなったら、大声をあげて泣くしかありませんでした。
私が病院に戻り、母の手をにぎり3分ほどで安らかに眠るが如く旅たちました。
葬儀の日、火葬の前に、母の顔をみたら穏やかに微笑んでいたので、「母は幸せだったんだな」って思え、ホッとしました。
悲しくはないけど、寂しいです。
仕方ないですね。
posted by コウエイ at 19:13|
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